■気がつけば、東京湾は母胎のようであった
筑波大学 社会工学系
安田研究室 リプリントシリーズ

No.2001-7


気がつけば、東京湾は母胎のようであった


by
安田 八十五
神津 十月

TC(TODA CORPORATION)
No.74、PP.1-7、平成13年7月
戸田建設株式会社広報部 発行

〒305-8573つくば市天王台1-1-1
筑波大学 社会工学系
安田 八十五
Dr.Yasoi YASUDA
TEL&FAX: 0298-53-5090
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安田八十五[環境政策学者]+神津十月[作家]

Dr. Yasoi Yasuda
1944年 横浜生まれ
1969年 東京工業大学数学科卒業
     その後、東京工業大学社会工学科にて都市政策および社会システム論を研究、米国留学を経て
1974年 神戸商科大学経済研究所専任講師
1977年 筑波大学環境科学研究科助教授
1981年 米国ペンシルバニア大学地域科学部準教授
     現在、筑波大学社会工学系教授

Kanna Kozu
1958年 東京都生まれ
1977年 東洋英和学院高等部卒業
     サンローレンスカレッジ大学
1981年 帰国
著書  『親離れするとき読む本』
    『美人女優』
    『パープル・ドリーム』
    『あなたの弱さは幸せの力になる』
2000年より「カンナ」を本名の「十月」に戻し、 気分を一新


1. はじめに

神津 東京湾の膨大な資料を見せていただきましたが、これはどこかのホームページにあったものですか?専門的で難しいところがありますが、おもしろいですね。

安田 現在は休会していますが、1993年から2000年まで「東京湾海洋研究会」という勉強会をつくって、講演会やイベントなどをやっていました。その研究会の資料です。
 ぼくは横浜の中区伊勢佐木町の出身で、子どもの頃は東京湾の水がきれいでしたから横浜港に釣りに行ったり泳いだり、ワタリガニを採ったりしました。そのカニで母親に味噌汁をつくってもらったりもしました。三渓園の海岸も遠浅で泳げましたし、現在、ぼくが住んでいる磯子区の屏風浦からも歩いて海に行って泳げました。今、その海岸はすべて埋立てられて工場や市街地になってしまいましたが……。

神津 先生のお仕事はたいへん「イマ的」な感じがしますが……。

安田 結果的に「イマ的」になっただけで、ぼくは理工系の出身で、30年前からやっていました。

神津 環境分野に入られたきっかけは何なのですか。

安田 安保闘争です。東京で高校生のとき、毎日のように安保闘争に行って高校を留年してしまいそうになりましたが、その後、東工大の数学科に入りました。理系の特徴を生かして社会のありかたを変えるようなことをやりたかったのです。当時はまだ戦後の貧しい社会でしたが、環境は今よりずっとよかった。ぼくは研究者として30年になりますが、その間にだんだん環境問題や都市問題が深刻化してきました。
 日本人は今まで環境はタダだと思ってきましたが、環境はタダではないのです。環境にも価値があって値段がつくのです。たとえば酸素を吸って二酸化炭素を吐くのは、みなさんタダだと思っていますが、ほんとうはタダではありません。実際には森林や植物が供給してくれるわけです。われわれの吐き出した二酸化炭素を植物が吸収し、その廃棄物として酸素を放出し、循環しているのです。見事なハーモニーでしょう。
 地上に人類が出現し、日本では縄文時代までは循環型だったのですが、弥生時代以降になって農業を始め、だんだん循環型が上手く働かなくなってきました。とくに世界的には18世紀に産業革命があって、ワットが蒸気機関を発明して化石燃料、鉱物資源を大量に採取して使うようになってから、わずか300年くらいで250ppmだったCO2が、現在は380ppmを超えてしまいました。世界最大のCO2排出国のアメリカのブッシュ政権は京都議定書に反対しましたが、このままでいったら400ppmを超えてしまいます。最悪予測で600ppmという予想もあります。そうすると海面の水位が2〜3m上がるといわれています。南太平洋などの珊瑚礁の島はなくなってしまいます。
 ですから私たちは漠然としている環境がいくらに算定できるのか、きちんと測定します。その計り方は、たとえば酸素を水から電気分解してつくると非常にお金がかかりますが、それがほんとうの酸素の値段なのです。

神津 先生の資料の中に、自然をお金に換算したものがありましたね。釧路湿原の生態系は361億円とか……。

安田 ぼくらも10年以上前から独自に霞ヶ浦の水質を調査して計算してきましたが、アメリカではエクソン社のタンカーがアラスカで沈没した「バルディーズ号事件」があり、そのときに被害をどうやって算定するかということになって、ぼくらが使っている「仮想的市場評価法(CVM)」で計りました。それが判例として認められ、アメリカでたいへん流行しました。現在の学問としてそれ以外の方法はないのです。
 ぼくは理工科系から環境問題に入りましたが、今やっているのは社会科学系的なことです。しかし、ただ揚げ足とりの批判だけで終わってしまう社会科学者ではなく、政策代替案を出していこうとしています。
 たとえば、東京湾の三番瀬のように、ただ「埋め立て反対!」ではなく、三番瀬を埋め立てたらどれくらいの被害が出るのか、渡り鳥のことや湿地のもっている浄化機能はすごく大きいわけですから、三番瀬の価値をきちんと評価して保存し、あるいは再生させることを積極的に政策提言しています。
 徳川家康が江戸に入ってから東京湾は25%埋め立てられてしまいました。今、東京湾の自然のままの海岸線は西のほうでは観音崎の一部しかありません。あとは人工のコンクリート護岸になってしまいました。ですから場合によっては入り江とか干潟を再生していくことも必要だと思っています。

神津 先生がそういうことを始めた頃、つまり市民運動といえば反対運動でしかなかった頃に比べたら、今はだいぶ意識のかたちも変わりましたでしょう。

安田 そうですね。ぼくが逗子や小樽の運動を蔭で応援していたときと比べると、環境が悪くなったこともあるでしょう。それからマスコミが温暖化とか環境問題を取り上げるようになったからでしょうか、みんなが関心をもち始めましたね。

神津 たとえば、有明海の海苔の問題をとっても、環境問題については「あの頃ちゃんと議論しておけば」と後悔もするんです。ハンセン病訴訟の問題のように、私たちの意識も長いこと問題を放置してきたわけですよね。果たして「その頃」の私たちの意識がどの程度だったのかと、問題が起こるたびに反省しますね。

安田 諫早湾の問題もそうですが、少し前には宍道湖・中海の問題もありました。あれは戦後計画されたんです。あの頃は貧しくて米がなく、とにかく「米をつくれ、米をつくれ」と食糧増産です。日本は平野が少ないから湖や海を埋め立て、中海は汽水湖で、塩分の入った水は農業に使えませんから目の前にある海の水を淡水化し、逆水門もつくる。霞ヶ浦も諫早湾も同じです。ところが大規模プロジェクトは、建設に30年とか50年かかりますから、出来上がった頃には米がいらなくなっていた。でも確かにあの頃は貧しかったから必要だったわけですね。

2. 東京湾の価値を試算してみれば

神津 資料を読んでいて、はじめて気がついて見直したのですが、東京湾は昔からいい漁場であり、レジャースポットでもあり、もちろん船の航路としても第一級。考えてみると、東京湾のもっている価値は相当なものなんですね。

安田 そうなんです。はじめて東京湾を見直したということですが、日本の文明史を考えると、東京湾と伊勢湾と瀬戸内海が中心です。瀬戸内海も一種の湾です。これを背景にして江戸つまり東京、名古屋、京阪神から北九州まで栄えてきました。
 湾があるということは、そこに川が流れていて平野や盆地があり、後ろに山があります。そこに文明が生まれてくるわけです。世界の4大文明もそうです。川を中心にしていますね。日本もまったく同じです。
 まだ記者発表していないので詳しいことは話せませんが、東京湾の価値を計ろうという研究の一環で、今年は木更津沖の盤洲干潟の価値を計算しました。東京湾横断道路「アクアライン」でも最大の問題になっている盤洲干潟です。ちょうど橋桁の下が盤洲干潟になっていますが、ここは東京湾の中でも最大の干潟で、これがもしなくなったら魚が卵を産んで育てる場所がなくなってしまうのです。
 環境経済学の専門用語で支払意志額WTP(Wil-lingness to pay)というのがあります。たとえば「盤洲干潟を守ることに対してあなたはいくらお金を払いますか」と尋ねます。これはジュースやコーヒー代と同じで、1杯400円なら400円のお金を支払うように、盤洲干潟はぼくらの試算では1年間で1,671億円の価値があることがわかりました。
 これも荒っぽい方法ですが、以前ぼくの研究仲間の神戸大学の鷲田先生が、瀬戸内海の価値を測ったんです。そうしたら454兆円になりました。東京湾全体だったらその数倍になると思います。なぜかというと東京湾は人口も1都3県で3,000万人に及びます。それから首都機能もあります。ぼくは、首都機能を果たしているのは東京湾があってこそ維持できていると思っています。そういう意味でも家康が江戸に目をつけたのは偉かったですね。
 私が東京湾横断道路反対の議論をしているときに、富津岬の漁業協同組合の講演に呼ばれたことがありますが、そのときわかったのですが、漁民の収入がぼくの予想よりかなり高かったのです。なぜかというと、東京湾で水揚げされる魚介類はすごくおいしくて、値段も高いんです。たとえば車海老とかカラスミとか。

神津 カラスミですか?!

安田 ええ。ぼくの友人がつくってるんですが、東京湾のカラスミは世界でいちばんおいしいと思います。

神津 東京湾のカラスミですか。私ははじめて聞きますが……。

安田 そういう意味でも東京湾は、世界でもっとも豊かな漁場なんです。ほんとうの江戸前の魚とは、もともと東京湾で水揚げされた魚なんです。
 しかし、今は富栄養化によって赤潮が問題になっています。最近、横浜市の人工島の八景島あたりは赤潮がすごかったですね。昔は湾内が富栄養化にならなかったのは、循環系にのっていたからです。しかし、今は生活雑排水が過剰に流れ込んでいますから浄化できなくなっています。それでもまだ東京湾はとても豊かです。横浜で水揚げされるシャコやタコにしても、ちょっと高いですけれどとてもおいしいです。

3. 東京湾から赤潮や青潮をなくすために

神津 その東京湾に、今から手を打っておかなければということも、たくさんあると思うのですが。

安田 最低限やっておかなければいけないことは、これ以上汚染させないことです。
 赤潮にしても、三番瀬の沖合いで出ている酸欠による青潮にしても、魚がみんな死んでしまいます。これらの最大の原因は下水処理水です。
 下水道の普及率は確かにどんどん高くなっています。昭和30年代の下水は雨水と汚水が合流式でした。東京から神奈川にかけての臨海部に下水処理場がありますが、雨水と汚水がいっしょに処理場に入ってしまうんです。そうすると台風や集中豪雨のあと、下水処理場で処理しきれない雨水と汚水が東京湾にあふれて出てしまいます。2次処理の窒素とリンを処理できない状態、それが最大の汚染の原因でした。多くの人は水洗トイレで流した汚水は処理されるから水質が改善されていると思っているかもしれませんが、最大の汚染源は下水処理です。それを知らないのではないでしょうか。今は高度3次処理といって窒素やリンも膜処理をするようになってきましたので改善されてきていますが。

神津 でも、それでしたら何か解決できそうですね。

安田 まず昭和30年代のすべて合流式の下水処理場を分流式にして雨水処理と汚水処理を別にし、集中豪雨のあとに汚水が流れ出ないようにすること。それからBOD(生物化学的酸素要求量)やCOD(化学的酸素要求量)は下げられても赤潮の原因になる窒素、リンがたれ流しの2次処理を高度処理の3次処理とすること。3次処理は設備費と維持費が2次処理の何倍もかかってたいへんですが……。
 環境の維持にはお金がかかるんです。ですから公共事業としても道路を一生懸命つくるばかりでなく、そういった方面にお金を使ってほしいですね。

神津 まだまだ公共事業でもやって欲しいことはいっぱいありますね。

安田 そういう意味では環境汚染を防いだり環境保全のために、環境改善型でやっていくことはたくさんあります。

4. 神は地球をつくった。ゴミのない社会に

安田 次に、昭和30年代から40年代にかけてほとんど埋め立ててきた海岸線を再生することも大切な事業でしょう。というのは明治時代から進めてきた京浜工業地帯は、すでに不要になってしまったところもあるからです。
 確かに日本は後発の資本主義国として貧しさから脱却するために富国強兵であったり、殖産興業という名目で工業化政策をやってきました。そうでないと日本が植民地にされてしまいますから、やむをえない選択でもあったのです。
 しかし今、130年経って世の中のニーズも変わってきました。韓国や東南アジアも追い上げてきていますし、もう重化学工業や造船では日本は食べていけないことも事実です。土地代も人件費も高いですから、日本はもう軽いものでないと勝てません。重たいものは土地代も人件費も安いところでなくてはダメなのです。
 それからぼくは、これから「こころの環境破壊」についても研究しようと思っています。これだけストレスが高くなっている時代、レジャーやレクリエーションに対する需要はかなり高いはずです。そういう人たちにとって巨大遊園地などではなく、ほんとうの意味のこころのリフレッシュができる空間をつくっていく必要があるのではないかと考えます。

神津 先生は何かの中で「保有するのではなく、すべてが借りものだという感覚でいればいい」とおっしゃっていますね。

安田 そうです。ぼくは科学者だけど、科学がいくら進歩しても神の存在を考えない限り説明できないと思っています。ですから命も含めて神からすべて一定期間借りているものだと考えればいいのです。
 去年、母が亡くなったのですが、みんなが「骨だけになっちゃった」といったのですが、ぼくは違うと思いました。自然科学では物質不滅の法則というのがあります。モノというのはかたちが変わるだけで無くなってしまうことはありません。人間のからだは地球ができた46億年前に地球に飛んできた惑星などの元素ですべて形成されています。そして人間が死んで焼かれると、骨は目の前に残るのですが、私たちのからだを形成していたCO2や炭素や窒素、リンなどは全部大気中に拡散していって、それがまた植物や森林が吸収して循環しているのです。神は本来、地球をゴミのない社会としてつくったのです。それをこわしているのは人間です。

神津 多量すぎるモノを排出するようになってからすべてがこわれてきてしまったのですね。
 でもこのような状況になってきてしまうと、何とかしなければと思っても、ドラスティックに昔に戻るのも、急激に進歩させることも現実的には不可能です。ならば、理想的な循環型社会をつくる上では何を目指すことが大切だと考えたらよいのでしょうか。

安田 CO2の濃度でみると、ある専門家の話では産業革命以前の250ppmくらいが大気のバランスがいちばん理想的だそうです。しかし、今の文明レベルを維持するためには元に戻せないでしょう。するとこれ以上増やさないことです。そのために1990年のレベルに留めるという京都議定書ができたのです。
 地球の浄化能力や環境負荷容量を超えるようなことは、地球全体でも地域でもやってはいけません。ぼくらの子どもの頃は、横浜港も小川もきれいでそこで泳げたわけです。小川であっても、人間の身体と同じように病気になっても治す力を神が与えてくれたのです。それを超える合成洗剤やプラスチックを流してしまったから、大都市周辺どころか地方でさえ小川が汚染されてしまっているのです。そういうことを考えると、自然の浄化能力を超える合成洗剤など一部に関しては禁止することも考えていかなければいけないでしょう。霞ヶ浦の汚染の最大の原因は生活雑排水のタレ流しというのが現実です。

5. 環境負荷には課徴金を取るほうがよい

安田 それから環境経済政策では、負荷をかけるものには負荷料を取ることが必要です。そしてそれを改善に使うのです。負荷料金を高くすれば、みなさんの考え方も変わってくるでしょう。そういう手法を経済のしくみの中に取り入れていくのです。
 たとえば、スーパーマーケットのレジ袋の話が主婦の人にウケるのですが、レジ袋は便利であっても有料にした場合、5円で約70%、10円で92%の人が自分で買いもの袋をもって行きます。ですからレジ袋を有料にしなさい、というのがぼくらの理論です。
 イタリアでクジラが海岸に打ち上げられて死んでしまったことがあります。そのクジラを解剖してみたら、胃腸にレジ袋やプラスチックがつまっていたのです。クジラはクラゲが好きです。もちろんクラゲは消化できます。しかし、プラスチックは消化できませんからお腹の中につまってしまったのです。
 これをきっかけにプラスチックなどの石油製品が問題だという市民運動が起こりました。当初、レジ袋に100リラ(約10円)の環境税である課徴金をかけました。その3年後、石油からつくる袋は生産が禁止になり、すべて生分解できる袋になりました。生分解できる袋は日本でもできています。でも1枚100円します。技術的にはできているのに高くて売れないから市場に出回らない。そこでイタリアはどういうことをしたかというと、プラスチック製のレジ袋に課徴金をかけて、その収入を植物系の買いもの袋をつくるために補助金を出したわけです。そうやって石油からつくる袋を禁止しました。

神津 そこまで考えないと実際には変わっていかないわけですね。

安田 そういう意味では、われわれが政策選択をしているのです。それを国レベルではなかなかできないのが現実です。

神津 先生はメーカーにも負荷料をかけなければいけないとおっしゃっていますね。

安田 汚染問題といっしょで下流で一生懸命下水処理してもダメです。川上で対策しないといけない。これはドイツ式の考え方です。
 ぼくも含め研究者の中には、メーカーの責任で最終的には消費者が負担する政策方式でやらない限りこの問題は解決できないといっています。ただし、消費者に負担させると価格に反映しますから、価格に対する努力の足りなかったメーカーはこの競争に破れていくわけです。これが正しいやりかですが、残念ながらそうなっていません。

神津 なぜドイツはうまくいっているのでしょうか。

安田 1990年にベルリンの環境庁を訪ねて聞いたのですが、日本が1997年に制定した容器包装リサイクル法をドイツでは1991年に施行しています。これに対して産業界の反対がないか聞いてみると、あったというのです。しかし「国民経済全体と社会全体にとって、メーカーにこれを回収させてリサイクルしたほうがプラスなる。ゴミも減る。だからわれわれは産業界が反対しても実行する」というのです。

6. モラルをシステム化することによって、われわれの社会環境を変えたい

神津 ドイツでは、学校でソーラーシステムなどを採用して省エネを進め、前年比でコストが減った分の半分が政府からお金で戻ってくるそうです。そうするとコストも減るし、省エネに対して見返りがあります。日本のグリーン電力料金制のように善意に頼るだけでは無理ですね。

安田 日本人はモラルが低下してしまっているので、ぼくはまったく信用していません。残念ですがアメとムチでやらなければ、まず動きませんね。
 やっぱりいちばん大切なのはモラルや哲学だと思うのです。本来はそこで解決すべきだと思います。ぼくはモラルのシステム化といっているのですが、モラルが動くような社会の仕組みをつくらなければいけないと思うのです。そのための方法はふたつあります。ひとつは法律、ルールをつくる。ポイ捨てしたら罰金を取るなどマイナスの評価をする。もうひとつは環境経済政策という経済的手段で、リユースのほうが得でポイ捨てしたら損するシステムをつくるのです。
 たとえば、ドイツでは1.5リットルのペットボトルには約30円のデポジット(預かり金)がかけられています。2リットルは60円です。そうしたらだれも捨てません。アメリカの10の州では350mlの缶に約5セント(約6円)のデポジットがかかっています。ですから日本人の観光客がそれを知らずに捨てると、ホームレスや子どもが勇んで拾います。

神津 そういえば私たちも子どもの頃、ビンをお店にもっていってお小遣いにしました。

安田 それから使い捨てのワンウェイ容器を使うよりも、ガラス瓶やリターナブルペットボトルを使います。ドイツでは50回も繰り返し使えるペットボトルを使います。ただ、30〜40回使うと白く濁ってしまい、日本では売れないかもしれません。今の社会の仕組みはワンウェイ容器を使ったほうが得ですから、リサイクルしたら得になるような方法とは逆でしょう。
 政策決定で、そうしたほうが社会全体と消費者、家庭、企業にとっても得になるメカニズムをつくらなければいけません。

神津 そういうメカニズム自体が変わらなければ不可能ですね。今の世の中で善意や気持ちに100%頼ることはできませんものね。
 先生は、これから東京湾がどうなればよいとお考えですか。

安田 一部はビジネスや漁場など産業として使ってもいいと思うのですが、今の子どもたちは自然をほとんど知りませんから学習空間であり、子どもだけでなく大人もこころの浄化ができるような空間、体験空間になればいいと思っています。ぼくが子どもの頃に遊んでいたような楽しい場所、漁場としても復活し、子どもだけでなくシルバーも楽しめる広い意味のリフレッシュ空間。こんなに近い場所に楽しめるレクリエーション空間があるのに、今はそれを埋め立ててオフリミットになっていしまっていますから残念です。

7. 東京湾には母胎のような感覚がある

神津 先日、お台場に行ったのですが、人工的でささやかな場所なのに、人間はこんなに水辺が好きなんだと改めて思いました。子どもは裸足になって岩場で遊んでいるし、大人も子どもの背中をつかまえながら足を水に突っ込んでみたり……。ああいう場所さえあればみんなが行くんですね。

安田 水と陸の境、これがすごく大事です。生物はみな本来はそこで育ち、4億年かけて陸にあがってきたのですから。水ぎわはとても重要です。

神津 人間が浅知恵であとからつくったものは自然にかなわないんですね。

安田 そうです。自然を生かした開発をしなければいけないのです。人間は自然に絶対勝てないのですから、思い上がって人間がコントロールできると思ったら神への冒涜です。きちんと自然のメカニズムに従った開発をしなければいけません。
 東京湾は漁場としても世界でもっとも豊かな漁場です。藻場などをもう一度再生したいです。もともと海の中には森林があるのです。海の生物はそこで育まれるのです。大平洋の魚の中には、いったん東京湾に戻ってきて卵を産む魚もいるようです。東京湾は魚にとっても波が穏やかで、ゆりかごになっているのです。そういうことの再評価が必要だと思います。
 今までのような公共事業ではなく、環境再生型公共事業はいくらでもあるのです。その環境価値を計ればプラスになるのです。

神津 東京湾でひょいと釣りをして、その魚をちょいと食べて、そのあと海辺をのんびり散歩する、ということも夢でなくなるかなぁ……。

安田 東京湾をひとつのシンボルとして再生していくのが大切ではないでしょうか。
 アメリカでも“Save the BAY”(サンフランシスコ湾を救え)という市民や学生、研究者の運動がありました。サンフランシスコ湾が埋め立てられそうになったんです。そこで国会議員が動いて特別立法ができました。それまでは砂浜や干潟などよりも、工場を建てたほうが雇用にもつながるし、自治体にとっても税金が入るのでよいとされてきたのですね。しかし今は、水ぎわ線から300フィート(約100m)を開発する場合、サンフランシスコ保全開発委員会の許可がなければできないことになったのです。

神津 日本ではカルガモが道路を渡るというと、お巡りさんまで出て車を止めるけれど、渡り鳥が生息していた場は簡単にこわしてしまう。自然に対する不思議な感覚ですよね。
 干潟にしても、干潟はそれこそ母胎のような、何ともいえない泥の温度というか、もたっとした感覚がありますでしょう。やっぱり生物が湿地の中から生まれてきたというような趣きがありますね。

安田 水ぎわや湿地は生物の発生地ですからね。

神津 先生にはそういう部分での使命がありますね。今、筑波大学で先生の研究室には何名くらいの学生がいますか?

安田 多いときは30名くらいいました。ほとんどが大学院生です。実験などはしていませんが、ゴミ拾いをして集めたゴミの組成分析などもします。
 今の若い人はかなりぼくらよりマシだと思っています。子どもの頃から教科書の中に公害問題が出ていますから、環境問題を勉強しようという学生がたくさんいます。
 ぼくのところはゴミリサイクルゼミと環境評価ゼミのふたつがあるのですが、この10年くらいゴミ問題にウェイトをかけてきたので、今は環境評価や東京湾や霞ヶ浦、尾瀬の水環境をもう一度ぼくの原点に戻ってやっていて、そういうテーマを研究する学生もいます。福島県庁から来ていた学生もいました。尾瀬に子どもの頃から親しんでいたというので尾瀬を研究対象にして修士論文をまとめて、また福島県庁に戻りました。関東学院大学でも教えていて、そこでは木更津市役所の人が派遣で来ていて、盤洲干潟について博士論文を書いています。

神津 これからもそういう次世代の方々をたくさん育てていただきたいと思います。

参考文献:
1. 安田八十五(1988)『こうすれば東京は暮しやすくなる―サラリーマンのための首都圏改造論』太陽企画出版、昭和63年12月
2. 安田八十五(1993・2001)『ごみゼロ社会をめざして―循環型社会システムの構築と実践』日報、平成5年5月(初版)、平成13年5月(8版)


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