関東学院大学経済学部
安田八十五研究室
特別研究報告シリーズ
No.2004-12-11
池子の森を守ることの地球的・世界史的意義
―池子の森への米軍住宅追加建設問題について
のアンケート・調査結果の集計と分析をふまえて―
関東学院大学経済学部教授・環境政策学者・工学博士
関東学院大学経済経営研究所横浜論研究プロジェクト・代表
米軍住宅増設をやめさせ、基地返還と池子の森を守る会・代表
安田 八十五
池子塾・池子の森を守る連続セミナー・総括シンポジウム・基調講演
2004年12月11日(土)13:00−
会場:関東学院大学関内メデイアセンター
初版:2004年10月15日(金)
環境政策学者(工学博士)
安田八十五 Dr. Yasoi YASUDA
〒236−8501横浜市金沢区六浦東1-50-1
関東学院大学経済学部教授
研究室直通電話:TEL&FAX:045-786-9802
事務室TEL: 045-786-7056 事務室FAX: 045-786-1233
電子メイル: yasuda85@kanto-gakuin.ac.jp
関東学院大学安田研究室ホームページ: http://home.kanto-gakuin.ac.jp/~yasuda85/
安田八十五個人ホームページ: http://www5d.biglobe.ne.jp/~yasuda85/
池子の森を守ることの地球的・世界史的意義
―池子の森への米軍住宅追加建設問題について
のアンケート・調査結果の集計と分析をふまえて―
関東学院大学経済学部教授・環境政策学者・工学博士
関東学院大学経済経営研究所横浜論研究プロジェクト・代表
米軍住宅増設をやめさせ、基地返還と池子の森を守る会・代表
安田 八十五
2004年12月11日(土)
初版:2004年10月15日(金)
1.池子の森(横浜市金沢区域分)への米軍住宅増設問題の構造
1.1.池子の森は自然と緑の宝庫ー後世に引き継ぎたい人類の遺産
「池子の森」は首都圏に残された大規模な緑地(約290ha)であり、近郊緑地特別地区に指定されている円海山地区の約3倍の広さです。横浜・鎌倉から三浦半島に広がる森の架け橋となっており、多摩丘陵にもつながる「いるか丘陵」(慶応義塾大学岸由二教授の命名)といわれるグリーンベルトの欠かせない緑地となっています。池子の森は、戦後60年近く、人の手が入っていないので、「自然の博物館(ナチュラル・ミュージアム)」といわれています。多様な植生があり、自然の宝庫です。高等植物の種類は736種と円海山(411種)の1.8倍、鳥類は天然記念物のオジロワシや希少種のオオタカ・ハヤブサ・ハチクマ・チョウゲンボウ・フクロウなど109種、昆虫は808種も生息しています。このまま、後世に引き継ぎたい大切な自然の博物館です。
オジロワシ等の猛禽類が生息しているということは、食物連鎖から多様な種が生存していることを意味しています。
「生物の多様性」は、3つのレベルで考えることが出来ます。まず第1は、「遺伝子の多様性」です。次は、「種の多様性」です。池子の森は、種が多様であり、それは、遺伝子の多様性も意味しております。しかしながら、3次レベルの「生態系の多様性」こそ、「池子の森」の最大の特徴であり、横浜市域および逗子市域を含めた「池子の森」を全体として、セットとして、生態系として保全する必要があります。池子の森は自然と緑の宝庫であり、後世に引き継ぎたい人類の遺産なのです。ここに、池子の森を守ることの地球的・世界史的意義があります。
1.2.池子の森(横浜市金沢区域分)へ20階建ての米軍住宅増設構想
昨年2003年(平成15年)7月18日、この池子の森の横浜市域側(37ha)に上瀬谷・深谷・富岡・根岸の4カ所の市内米軍基地返還と引き替えに米軍住宅を800戸増設すると日米両政府は発表しました。20階建ての高層住宅を5棟建てるというものです。
池子の森への米軍住宅増設を許せば、緑地が大幅に減少し、生態系が破壊され、生物多様性は失われてしまう可能性が大です。また、横浜市金沢区東朝比奈住宅に近接した場所に20階建ての米軍住宅が顔を出すことになります。工事車両や完成後に横須賀基地に通う米軍人の車が朝比奈の道路を通過することになり、交通事故等心配の種は尽きません。さらに、2008年(平成20年)には米軍横須賀基地に原子力空母を就役させるという話も出ています。池子は横須賀から6q圏内です。核の危険にさらされかねません。
日米地位協定の中には「遊休施設は無条件返還」と書いてあります。返還対象の上瀬谷通信施設、深谷通信所、富岡倉庫などは遊休施設です。無条件返還すべきなのに、700戸も住宅増設をするという日米両政府のやり方、それを丸飲みした横浜の中田市長の対応はルール違反です。明らかに日米地位協定違反です。
1.3.三者合意の正しい解釈:米軍住宅追加建設は契約違反
1982年(昭和57年)8月26日、横浜防衛施設局長から逗子市長と神奈川県知事に対して、米軍住宅建設候補地として池子弾薬庫の調査立ち入れの申し入れが行われたことがいわゆる「池子の森問題」の始まりであった。これに対して、逗子市長と神奈川県知事は、「容認できない」との共同談話を直ちに発表した。筆者は、このときアメリカ・ペンシルバニア大学に客員教授として滞米中であり、1週間遅れの日本から送られてきた神奈川新聞によってこの事実を知り、驚愕し、怒りに震えた記憶がある。
池子の森は旧日本軍の弾薬庫でしたが戦後、米軍は日本に上陸するとすぐ接収した。ベトナム戦争当時、米軍弾薬庫として使われた後は遊休化したままであった。戦後、自治体あげての返還運動が続いていました。米軍住宅建設が表面化した時も、県、逗子市、横浜市は連名で「米軍住宅建設には反対。米軍弾薬庫は無条件返還を」と国に要求しました。
ところが、1984年(昭和59年)に当時の三島虎好・逗子市長が、33項目の条件付き受け入れを表明しました。これに対して市民の猛烈な反対運動が巻き起こりました。住民投票条例をつくり、市長リコール運動をはじめたら三島市長は辞職。是非を問う1984年11月の市長選挙で、建設反対派の富野氏が三島氏に勝利しました。さらにその後市議会リコールも成立、市議選挙で建設反対派の議員が増えて、賛成派と反対派が同数になりました。
1987年(昭和62年)、当時の長洲一二神奈川県知事が、調停案を提示、富野市長は「持ち帰り市民と相談したい」と回答。逗子市民は調停案に反発、市民投票で問うべきと市民投票条例を市議会に提出しましたが、市議会は否決。この頃、防衛施設庁は米軍住宅の建設工事を開始しました。富野市長は市民の信を問うと辞職、「調停案返上」を公約に再選されました。富野さんは2期で逗子市長を止め、1992年(平成4年)11月の逗子市長選で市民運動は沢光代さんを当選させました。
結局、この間、逗子市は、条件付き受け入れ、反対、神奈川県知事調停案の返上と、苦悩に満ちた選択をしてきたが、逗子市民の多数意思は、常に反対が表明されてきた。
これらの経緯を経て、1994年(平成6年)11月17日、沢光代逗子市長、宝珠山昇防衛施設庁長官、長州一二神奈川県知事による三者会談で、池子米軍家族住宅建設事業が合意された。これが、池子問題のいわゆる「三者合意」とよばれるものである。
池子米軍住宅地区の横浜市域分(金沢区)への住宅追加建設と他の市内米軍四施設返還の構想について、池子の森を守る立場から情報発信するシンポジウムが2004年(平成16年)7月31日に横浜市立大学で開催された。元逗子市長の沢光代さんがパネラーとして出席することになり、シンポジウムに先立ち2004年7月26日に記者会見した沢さんは、「(米軍家族住宅の追加建設は)契約違反であり、当事者から見ればとんでもないことである」と述べ、「池子の森を、手つかずのまま残す(つまり、池子の森の残余地(緑の部分)は現状維持する)ことに合意した」と主張し、「池子の森は(逗子市域と横浜市域分は)一体」とする認識を示した。澤元逗子市長が証言するように、横浜市域分も池子の森に当然含まれているという解釈が正しいのである。2004年(平成16年)7月31日(日)に開催されたシンポジウムでも元逗子市長の沢光代さんはこのことを強調された。
国と県は、この3者合意を守る義務があり、国の契約違反は明白である。また、横浜市域も3者合意で完全に制約を受けると解釈すべきである。3者合意の当事者ではないから、独自に判断すると主張している中田宏横浜市長もこの事実をきちんと受け止めて対応するべきである。松沢成文神奈川県知事も、横浜市は3者合意の当事者ではないと主張しているが、神奈川県は3者合意の当事者であり、そのような認識や言動は、契約違反であるといってよい。
「横浜市は三者合意の当事者ではない」という中田宏横浜市長の見解も間違いです。米軍池子弾薬庫は逗子市と横浜市にまたがっており、当時の西郷道一横浜市長および横浜市役所は、当初は神奈川県および逗子市と3者一体になって、国に返還要求などを行っており、交渉の当初には横浜市も入っていました。神奈川県が環境アセスメントを行ったときに横浜市も意見書を提出しています。ところが、防衛施設庁から「横浜市域は山岳地域だから住宅建設にふさわしくない」との文書が出たため、横浜市は自ら交渉からおりてしまいました。住宅の建設予定地が逗子市域に絞り込まれると当事者から降りてしまったわけです。将来建設される可能性があるわけで、当時の横浜市の判断ミスです。ここに横浜市の大きな政治的判断ミスがあったことになる。3者合意に参加し、4者合意を行い、署名・捺印していれば、横浜市域への追加建設を最初から止めさせることが可能だったのである。
2.「米軍住宅増設をやめさせ基地返還と池子の森を守る会」の発足と経緯
2.1.「米軍住宅増設をやめさせ基地返還と池子の森を守る会」の発足
『米軍住宅増設は絶対に認められない、池子の森を守ろう!』と2004年(平成16年)3月7日、シンポジウムを開催し、それを契機に金沢区内の大学教授や弁護士9人が発起人となり「米軍住宅増設をやめさせ基地返還と池子の森を守る会」を発足させました。
その後、基地周辺や金沢区内の住民、発起人、事務局の横浜市従と一緒に会を運営し、毎月「池子の森自然観察会」を開催してきました。毎回、基地周辺の住民を中心に多数の参加があり、関心の高さを示しています。自然観察会の中で希少種であるハヤブサの飛ぶ姿を見、身近に鳥たちの鳴き声を聴き、約60年間人の手が入らず、原生林に推移しつつある姿や訪れるたびに変化を見せる『豊かな森』であることが基地周辺を歩いても実感できました。
また、筆者(安田八十五)は、関東学院大学経済学部における講義『人間と環境『環境フィールドスタデイ』、『総合講座(横浜論)』、『環境論』などにおいて、この池子の森問題を取り上げ、澤光代元逗子市長をゲスト講師にお招きし、池子の森の現地フィールドスタデイを実施している。参加した受講学生たちは皆、異口同音に、池子の森の素晴らしさを褒め称えている。
2.2.池子の森を守ろうー池子基地の返還と米軍住宅増設反対はみんなの願いー
こうした中で、池子基地周辺の地元連合町内会からも米軍住宅増設反対の陳情が横浜市に出される状況となっています。
これまで、市議会が政府への基地返還要望の重点要望の第1に池子基地を掲げ、金沢区内連合町内会長などからなる「接収地返還促進金沢区民協議会」(以後、区民協議会と略す)が30年間にわたり国に返還陳情を行い、奈川県内の環境保護関係者が連名で池子の森を守るよう要望書を横浜市長に提出しました。
「池子の森を守る会」としても、2004年(平成16年)7月2日横浜市長に、7月9日金沢区長に次の内容の要望書を出しました。
@ 米軍住宅増設に反対すること、
A 返還対象になった市内米軍基地の無条件返還を日米両政府に強く働きかけること、
B 基地内の広域避難場所の金網撤去を求めてほしい
C 基地周辺のハイキングコースを整備してほしい
と言う内容です。
この要望書に対する中田宏横浜市長の回答書が別紙ですが、この回答を見ると、横浜市は横浜市民のために池子問題を前向きに解決するという姿勢がほとんど見られず、極めて遺憾である。
3. 池子の森への米軍住宅追加建設問題についての住民アンケート調査
3.1. 住民アンケート調査の背景と目的
池子の森は首都圏に残された大規模な緑地であり、横浜・鎌倉から三浦半島に広がる“みどり”の架け橋となっており、多様な植生があり、自然の宝庫です。
昨年2003年(平成15年)7月、日米合同委員会は、横浜市内の4基地(根岸、深谷、上瀬谷、富岡)の返還と引き替えに、池子基地の横浜市側(金沢区)に800戸もの米軍住宅を建設することを合意しました。これに対し、横浜市長は切り離し無条件返還を求めてきましたが、今年2004年(平成16年)8月4日に「返還施設拡大と建設戸数の削減を求める声明書」を出しました。この横浜市の動きに呼応するかのように、9月2日には、日米両政府は「小柴貯油施設の一部、池子基地の飛び地など3カ所を新たに返還対象とし、米軍住宅の追加建設戸数を800戸から700戸に減らす」案に合意し、横浜市の理解が得られれば、正式決定するとしています。中田宏横浜市長は、この提案を受け入れる方向で政府との交渉を始めるとの意向を公表しました。
もし、米軍住宅追加建設がされ、池子の森が壊されると、生態系が壊され、生命存続の危機、生物の歴史を途絶えさせかねないという重大な問題をはらんでいます。100戸縮減してもそれは変わりません。また、緑は人間にとっても生命の維持装置でもあります。
中田横浜市長は金沢区の区民協議会(連合町内会長の集まり)に意見を聞きました。「市長に一任」と一部に報道され、中田市長は受け入れの根拠にしました。しかし、区民協議会は反対意見もあり、「一任」とは言っていません。中田市長は、これほど重要な問題にも関わらず、地元住民への説明会も、住民アンケート調査も一切やっていません。このように、池子の森を壊して米軍住宅を建設しようとする動きが進行しています。また、基地周辺・地元住民をはじめ、広く市民の意見を聞くことなく判断し進めようという動きがあります。市民の意向、ことに池子の森に隣接する地元住民の明確な意思を示し、横浜市などに反映させていくために筆者らは住民アンケート調査を行いました。
3.2.アンケート対象者・対象地域と配布方法
池子の森に隣接する地元住民の意向を調査するべく、東朝比奈・六浦・六浦南等の地元住民を対象に、1500世帯の住民に、2004年9月19日(日)に池子の森を守る会の会員が中心となってアンケート調査用紙をポストに直接投函した。約1週間後の、9月25日(土)と26日(日)の2日間、各家庭を回り回収を行った。回収には池子の森を守る会の会員および関東学院大学安田ゼミの学生などが担当した。
その他、関東学院大学と青山学院大学における安田八十五の受講学生にアンケート調査を実施した。関東学院大学金澤八景キャンパスは、大地震の時などの広域避難拠点が池子の森になっているので、学生の関心はとても高かった。また、安田のホームページおよびメーリングリストでも配布し、回収を行った。
ここでは、地元住民へのアンケート調査結果を単純集計および一部のクロス集計を行ったので、その結果を用いて、分析と政策提言を行う。なお、このデータの入力と集計に関しては、池子の森を守る会の会員および関東学院大学安田ゼミの学生の多大な協力を得た。深く感謝する。
4.アンケート調査結果の概要
4.1.アンケート調査の単純集計結果表と一部のクロス集計結果表
アンケート調査の単純集計結果表(資料1)と一部のクロス集計結果表(資料2)とを参考資料として掲載する。
4.2.回収数と回収率
1500人に配布し、回収数は、850人であり、回収率は、56.7%つまり約57%であった(表1参照)。これは、これまでの富岡基地などの同様な調査(富岡は57.6%)と同様に高い回収率であり、住民の関心の高さを示している。回収日が土日の2日間のみであり、留守の家が多い中で57%の回収率は地元住民の関心の高さを示しているといえる。
表1 配布数と回収率
|
総配布数 |
1500 |
|
総回答数 |
850 |
|
回収率 |
56.7% |
4.3.回答者の社会的属性
性別では、790人の有効回答数のうち、54.1%つまり約54%が女性であった(表2参照)。年代別では、60代以上が最も多く、47%を占めていた(表3参照)。50代が、25.4%であり、50代以上で計72.4%を占めていた。性別年代別のクロス集計を見ると、60代以上は男性が多いが、20代から50代までは、女性の数が多く、中年女性の関心が高いことが示された。命と子供を守る女性の意向が反映していると考えられる。
表2 性別
|
男性 |
女性 |
有効回答数 |
無効回答数 |
総回答数 |
|
363 |
427 |
790 |
60 |
850 |
|
45.9% |
54.1% |
92.9% |
7.1% |
100.0% |
表3 年代別
|
年代 |
10代 |
12 |
1.5% |
|
|
20代 |
19 |
2.4% |
|
|
30代 |
89 |
11.2% |
|
|
40代 |
98 |
12.3% |
|
|
50代 |
202 |
25.4% |
|
|
60代 以上 |